『私の心が決めていい 』岩井美代子 著 / ふじわらかずえ 画
緊迫感と不安感に覆われたこの日常でも、この先生きてゆくのが少し楽になるかもしれないと思わせてくれる優しい本
著者は岩井美代子さん、幾つになってもみんなに「みよちゃん」と呼ばれて愛されている人だ。
この本は2001年にアサーティブトレーニングの入門書として発行され、コロナ狂騒下の今年6月に、静かに、でもしっかりとした佇まいで再登場した。地元国立の増田書店ではいち早く心理コーナーに並べられ、売れ行きは上々と店員さんが教えてくれた。
誰にとっても長い人生、家でも学校でも仕事でも生きてゆく上では対人関係はついてまわる。時には大きく傷ついたり怒りが収まらなかったり、混乱し消耗もする、その上に社会政治状況や経済的現実が重なるし、今回のように感染に覆われたりすれば不安感が心の大半を占めてしまう。
実は福祉の仕事につく人の中には、自分の根本的な問題に蓋をして対象者のケアに関わっている人が案外多い。人と関わる自分の根っこがいつもぐらついているのに、いやそれだからこそ人のために尽くしたいと真剣になっている。多分今はそうした「支援」もやりにくい状況だ。寄り添うこと、集まること、語り合うことで培ってきた「対人援助」の仕事は、「距離を置け、声を出すな 触れるな」というファッショのような命令に置き換えられているのだから。でもそんな時だからこそ自分を見つめ考えてゆくという作業は大切だ。不幸中の幸いのような浮いた時間を使って心の揺れを見つめるにはもってこいの本だ。
実はこのアサーションは手法自体が個人の抜き差しならぬ背景や負わされた課題という深遠な井戸に入り込む手前で、今の自分を見つめ直そうというスキルだから人によっては抵抗感なく入りやすい。まず漫画で「自分も相手も大切にするコツ」を伝授する。それから「心の力をつける」という切り口で自分の気持ちを大事にすること、そして伝えること、無理しないこと、怒っていいことなど12の考え方が披露される。読み進むうちにそうかそう考えればいいのかー 自分のやり方で相手を大事にしてゆけるのかなどという気づきがある。無意識に作ってきてしまった傾向や考ええかたの癖を再確認しながらもどこかでリセットできるという希望も持てる。
緊迫感と不安感に覆われたこの日常でも、この先生きてゆくのが少し楽になるかもしれないと思わせてくれる優しい本である。
同時に発刊された『女と男じゃなくて 私とあなたで話そう』は、恋人やパートナーとの関係に悩む若い人におすすめのこれまた優しい恋愛本。永遠に続く男女のズレを根気強く見つめ直す著者の真摯な姿勢には敬意を表したい。
社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 前理事長 現アドバイザー
天野聖子
『私のこころが決めていい』
『女と男じゃなくて 私とあなたで話そう』
岩井美代子 著 / ふじわらかずえ 画
ワニブックス(2020/6/22)単行本(ソフトカバー)
ISBN-10: 4847099338
ISBN-13: 978-4847099335https://www.wani.co.jp/event.php?id=6679
https://www.wani.co.jp/event.php?id=6680
『私の緊急状態における支援対応について』塩田由美子 著(論文)
自分自身の希望を主張しながらも、言われたことを反芻し、対話を続けることで成長していった彼女の軌跡
精神医療関係の学会誌では得てして専門化が病気の処遇の方法や困難さについて、あるいは画期的な薬物や治療法、援助法についての論文を発表するのが当たり前になっている。今回、旧知の当時者 塩田由美子さんから、一昨年(平成27年)冬の日本精神科救急学会シンポジウムの内容をまとめた掲載作品『精神科救急第19巻特集8』 が送られてきた。
論文として出版されているのでここでは内容全部を紹介できないが、1999年の初めての措置入院時と2012年再発再入院という体験を通して、病院のあり方や支援の対比、関係性の変化などが簡潔かつわかりやすくまとめられている。
「患者も人間、わかるように説明してもらえること、人として大切に思ってもらえることには誰よりも敏感」
「緊急状態の時、本人を理解している人がそばにいるかいないかではほぼ同じ状態でも状況は大きく変わってくるのではないかと思います」
「患者も入院生活が最悪という人も多いかも知れません、しかし本気で治療に当たってくれる医療従事者、地域に迎え入れてくれる支援者の気持ちにも思いをはせてみてもいいのでは」
等々、時に自分自身の希望を主張しながらも、言われたことを反芻し、対話を続けることで成長していった彼女の軌跡にも注目したい。こうした体験が医療関係者の目に留まる事も大きな喜びである。
それにしても行間ににじむ悔しさや絶望感を抑制の効いた筆致であらわしている彼女の文章力の高さにも改めて感銘を受けた。体験を言語化してゆく当事者が次々出てきた昨今の風潮は喜ばしい限りだが、それを更に昇華し、こんな風な読み応えのある論文に仕上げた彼女に心からの賛辞を送りたい。
社会福祉法人多摩棕櫚亭協会
天野聖子
『私の緊急状態における支援対応について』
塩田由美子(社会福祉法人はらからの家福祉会 支援センタープラッツ) 著
『精神科救急』第19巻 特集8「精神科救急における多機関連携」
日本精神科救急学会
『わたしと統合失調症 〜26人の当事者が語る発症のトリガー〜』佐竹直子 編著/リカバリーを生きる人々 著
当事者の言葉から見えてくる統合失調症の世界
ケースワークで一番大切な事は、当事者の心に寄り添い、その人の世界を共有することだと思います。ワーカーが、自らの言葉や感情を使いながら、「この人から見たらこれはどの様に映るのだろうか?」「この人はこれをどう感じているんだろうか?」と、その人の内側からものを見ようとする姿勢は、何よりも必要な事だと思っています。
この『わたしと統合失調症 〜26人の当事者が語る発症のトリガー〜』は、そんな当事者の世界を教えてくれる素敵な本です。26人の方が、文章や詩、マンガなどを使って、発病から現在に至るまでの自分のストーリーを語ります。「妄想」「幻聴」「思考伝播」などは、統合失調症の症状を表す言葉として、私達が何気なく使ってしまう言葉です。しかし、実際体験した人達が内側から語れば、それは正に嵐の中、病気の力の凄まじさが伝わってきます。また、病気がよくなったと思い、薬をやめて、再発した時の無念さを知ると、「怠薬」などという言葉を、軽々しく使うことがためらわれます。この本はそんな病気の手強さと、それと付き合っていく事の大変さを教えてくれます。
また興味深いのは、統合失調症発病のきっかけになる出来事を「トリガー(引き金)」と表現し、そこに焦点を当てながら、26人の方々が体験を語っていることです。トリガーにも「過労」「環境の変化」「いじめ」「家庭環境」など様々なものがあります。本来、発病したきっかけなど、自分の中にそっとしまっておきたい出来事だと思いますが、あえてそれを語っているのが、この本の素晴らしいところです。そして、それぞれのトリガーと向き合いながら、病気を見つめ直し「リカバリー」につなげていく歩みは、読む者に大きな感動を与えます。
「書いてくれてありがとう。」そんな言葉を、26人全ての方々に伝えたくなる一冊です。精神科医の佐竹直子先生による病気の解説も、とても具体的で分りやすく書かれています。中央法規出版『わたしと統合失調症 ~26人の当事者が語る発症のトリガー~』、精神保健分野で働いている方はもちろん、これから働きたいと思われている方にも、ぜひご一読いただきたいです。
社会福祉法人多摩棕櫚亭協会
理事長 小林由美子
『わたしと統合失調症 〜26人の当事者が語る発症のトリガー〜』
佐竹直子 編著 / リカバリーを生きる人々 著
中央法規出版http://www.chuohoki.co.jp/products/medical/5443/
“引き金” から見えてくる統合失調症の世界
原因不明とされる統合失調症の発症事例を、26人の当事者の言葉で紹介。
過労やいじめ、家族関係等、発症のきっかけを5つに分類し、発症との関係を医学的解説とあわせて検証する。
病気のルーツからリカバリーまで、克明に綴られる手記が既存の支援と予防に新境地を開く。(中央法規出版 ウェブサイトから抜粋)
『永山則夫 封印された鑑定記録』 堀川惠子 著
情報過多で迷ってしまうこんな時だからこそ、じっくり考えるために
2013年2月に、多摩棕櫚亭協会の初代理事長だった石川義博先生が『永山則夫、封印された鑑定記録(堀川恵子著・岩波書店・2,376円)』という本に深く関わり、当時はNHKでも放映されるなど大きな話題になりました。「相模原事件」の衝撃の中でさまざまな感情や意見が飛び交う今、改めてこの本を紹介したいと思います。
19歳の連続殺人犯永山則夫の第二次精神鑑定を行ったのが、石川義博先生だったというのは知る人ぞ知る話です。
1968年当時、永山則夫は高度成長にひた走る日本の負の部分である貧困そして生育暦からくる屈折した怒りから連続殺人犯となったと言われ、簡単な精神鑑定を経て死刑が確定しました。二度目の鑑定依頼に大いに迷いながら、それでも先生は彼の生育暦に強い関心を持ちこの仕事を引き受けることになったのですが、先生と彼の真剣なやり取りについては著者の堀川恵子さんというライターが100時間に及ぶ録音されたテープを紙に起こし蘇らせました。
カウンセリングを治療の基本にされる先生は、いつもの診療態度そのままに、じっくり話を聞き取り、背景や思いを語らせ、共感の姿勢を示します。幼児期の虐待が作り上げた心の闇によりそい、共感することで彼の情緒的なものの回復まで手を尽くします。
その後の彼が獄中で著作物を出版し印税を被害者に送る、加害者でもあった母をいたわる手紙を書くというまでに成長したのも、先生のこの時の鑑定のおかげと今でも大きく評価されています。
40年近く前の事件と今回の事件を比べると無差別ではなく、特定の弱者に的を絞っている点、貧困、虐待という背景よりも、ヘイトスピーチや差別意識が前提であることなど時代の移り変わりも感じます、しかし、社会が豊かになっている分、事態はさらに深刻で優生思想は人々の間に根強く残り、一皮向けば精神障害者は役に立たない、危ない存在だという感情もじわじわ広がってきそうです。
すばやすぎる措置入院と、早すぎるといわれている退院の手続きをめぐってさまざまな論議がおこり、今後は精神鑑定の責任能力をめぐっての議論と死刑問題がまっています。国民感情から言えば極刑間違いなしと予想される中、もっともっといろいろな角度から考えなければいけない問題だと思います。
簡単な一時鑑定の後は死刑という流れが決まっていた永山事件でしっかりとじっくり犯罪当事者と向き合った先生の誠実な姿勢は、今でも私たちの胸をうちます。精神保健の遍歴や職業人としてのありようなど、私たちか学ぶべきものをこの本は沢山提示してくれています。情報過多でいったい何をどう考えればいいか迷ってしまうこんな時だからこそ、じっくり考えるためにもこの本をご一読してみてください。
※ 2013年 賛助会通信「はれのちくもり」に載せたものを一部修正加筆したものです
社会福祉法人多摩棕櫚亭協会
理事長 天野聖子
『永山則夫 封印された鑑定記録』
堀川惠子 著
岩波書店https://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-024169-4
漫画『はれのちくもり -ピアス物語- 』
この漫画『はれのちくもり』の理解のために
精神病、この独特の言葉の響きに圧倒され翻弄されてきたのは、もちろん病気になった本人、そして家族。日本は発病したら入院という隔離政策をとってきたために、病気は治っても社会に出られないという人を沢山作ってしまった。30年も40年も入院したまま亡くなっていった人達の悲惨な歴史を私たちの社会はまだ清算できないでいる・・・
今また景気回復に向かっている社会の流れの中でようやく(病院から地域へ)という言葉が受け入れられるようになってきた。共同作業所や授産施設、ホームなどが各地に作られ、少しは暮らしやすくなったし、そういう支えがあれば再発しないで地域で暮らせるようになってきた。それでも精神障害者は働けない、無理をすると悪くなるから仕事はご法度という定説が医者、家族そして関係者に根強くある。病気からの回復が職場復帰につながるという世間一般の流れとかけ離れたまま、仕事に就くことを断念させられているのが現状だ。 しかし彼らの働きたいという希望はとても強い。あきらめたくない、何とかして自分の力で生きていたいという思いは切実だ。
私たちは20年前に共同作業所を作り 3つの作業所の後にピアスをたちあげた。みんなの希望を受け止めて(働きたいを働ける)ようにしていこうと、やってきた。就労支援のプロセスが言葉の回復、生きる喜びにつながるような膨らみを持っていたいと願ってきたが 気づいてみると。彼らの方が一歩も二歩も先に行っていて、成長変化を繰り返していた。
それなりの働き方をしながら、メールを交換しあいブログを作り、小説を書き、バンドを組むなど、いろいろな表現をしていく彼らは日々雄弁になって行く。(働けるということが奇跡で、毎日目覚めると嬉しくて・・)(給料で先生にお菓子を買って行ったら感動されちゃったよ)(緊張しっぱなしで一日終わるから単純な仕事でもすごい達成感がある)そんなふうに言う人達の笑顔と輝きは、本当に美しい。それは閉塞間の強まっているこの世の中で、無表情 無気力になっていく人々のあり方とはある種対極にあって、逆にここから何か発信が出来るかもしれない。そんな嬉しい予感の中で私達はこの活動を世に出したいと決意した。
この物語は 幻覚妄想の果てに、入院した若者が出逢った長期入院の友人が、ほどなく入院中に死亡する。病院しか居場所がなかった彼の無念の思いを受け止めた主人公が、ピアスのトレーニングを経て就職してゆく。そこに至るまでの失敗と挫折、家族の悲哀と不安支える仲間と友情のドラマ・・これは、傷ついた心の再生と復活の物語で、ほとんど実話に基づいたフィクションである。
1人の成功が10人の成功にそして100人の感動に・・病気があってもあきらめない、美しく生きていけるというそんなメッセージを送りたい。
理事長 天野聖子
書評
『はれのちくもり』は、精神障害者リハビリテーションと、コミック(日本が世界に誇る文化である)の、本邦初のコラボレーションとみた。ストーリーは、病院で暴れ回っていた悩み多き青年が、ピアスを利用するようになり、徐々に働くことに目覚めていく。その過程でさまざまな人が登場し、物語が展開していくという構成になっている。
漫画だから気軽に読める。気軽に読めるからといって、中身の軽いものではない。精神障害を抱えた人たちの、悶えや、叫びや、ため息や、歓喜などで充ち満ちている。
その中でも、作中の「ヤンさん」の台詞がたまらない。
「ボクの知っている人みんな言うね。病院も病気もキライだって。タバコ一本、ジュース一本、ゴハン一杯にケンカしながら死んでいったネ。ボクその人たちのコト忘れないために絵を描くね。死んでいった人たちのたましいを守るためにね。キミカベけるのもうやめるね。カベの向こう側で生きるコト考えるね。そしてボクキミのこと守るね」
こういう台詞は、精神障害者の生活の実態を身に染みてわかっている人しか言えない台詞だ。これは、実在する方がモデルになっていると作者から聞いた。この作品には、本当のこととコミックとしての虚構とがうまく解け合った世界になっている。
2006年9月30日、出版記念パーティーが、作中に出てくるピアスで開かれた。七十人もが集まって祝った。バベットしもじょうさんと、スタッフのインタビューコーナーというのがあった(この作品を元として音楽をバックに朗読する狂歌絶叫なるステージもあった)。この作品を世に出された形に仕上げるのには、三年かかったという。最終シーンの台詞は、最後の最後まで議論が重ねられて、出版直前に大きく修正されたりもしている。それほどに、力も気もこもっている。その波動を感度のいい読者は、感じ取ることだろう。
これまで精神障害のある人が主人公で、そのリハビリテーションをテーマにしたコミック作品というのは、日本でも外国でもほとんど無かったのではないか(私は知らない)。これを機会に、精神障害者リハビリテーションを物語るコミック作品が溢れ出てくるのを期待している。その意味でも、これは後世に、扉を開いた画期的、歴史的作品として評価されるようになるかも知れない。
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漫画『はれのちくもり – ピアス物語 -』を、多摩棕櫚亭協会からご購入の方に、当協会が編集した『精神障害者の就労支援ノウハウの為の調査研究』報告書を進呈いたします。
『心のケアが必要な思春期・青年期のソーシャルワーク』 西隈亜紀 著
現場を走り抜けるだけじゃだめ
次世代がよりいいワーカーに育つような形あるものを残さなければ
ワーカーの仕事は簡単に伝えられない、経験をつむしかないと言われています。書くこともできない微妙な心のひだに分け入って、必死で答えを探したり、ゆすぶられる自分自身と闘いながら次々に新しいケースに向き合っていきます。葛藤や感情、そこで生じた特別の思いも興奮も心の奥底に置きっぱなしになってゆくのが常のようです。
ましてそこから学んだこと、得たものを伝えてゆくすべもなく、次の職員も徒手空拳で新たな困難に振り回され、疲れ果てる・・ もしかしてちょっとしたコツさえ知っていれば、若い職員は楽かもしれないと常々思っていました。この本はその思いにぴったり答えてくれたワーカー必読の書。
精神科病院でPSWとして働いていた著者が多くの出会いから、学んだこと、失敗したことを整理し、しかも深い洞察をコンパクトに纏め上げている、こんな形で書き残して次の世代に伝えてゆこうとした著者の姿勢に感銘を覚えました。現場を走り抜けるだけじゃだめ、次世代がよりいいワーカーに育つような形あるものを残さなければと改めて考えさせられました。
理事長 天野聖子
『心のケアが必要な思春期・青年期のソーシャルワーク』
西隈亜紀 著
中央法規