往復書簡を終えるにあたって
半年にわたってお届けいたしました「往復書簡」も、今回の「対談編」でいったんの区切りをつけさせて頂く事になりました。お読みいただいた方、お声かけいただいた方、本当にうれしい気持ちで一杯です。あまりに多くの方が声をかけてくれるので恥ずかしさ半分の複雑な感情も私たちにはあります。
うしろ髪をひかれる思い(笑)で、今回の幕引きをしなければならないのですが、締めるにあたって二人で話したことを文字におこしてみました。「対談」とはいうもののこの先の文章は、ある意味、私たち二人のささやかな共同決意表明でもあります。ここまできたら、最後まで辛抱してお付き合いくださるとうれしいです。
このような時代、もっと考えていきたい! 発言していきたい!
今回、法人のホームページといういわば公の場での書簡となりましたが、あくまでも二人の個人的な意見なので、たくさんの「異論」はあったかと思います。それは、私たちのねらいでもありました。「異論を巻き起こす」つまり往復書簡を読んで心に引っかかりを感じたり、ちょっとした違和感を覚えたり、少しでも考えたりしていただければ嬉しいと二人で考えていました。
今の時代、つまり、テレビ、インターネット、SNSといった情報媒体が社会の中で猛威を振るってくると、「情報を知っている」ことこそが大きな価値であるという考えに、私たちは陥りがちです。更にその結果として、「考える」という意識が希薄になってくることも往々にしてあります。
例えば、最近話題のN大学のアメフト部の危険タックルの問題など、テレビでは連日連夜放送されています(もしかしたら、この記事をUPしたときには下火になっているのかもしれませんが)。繰り返し流される映像を見て、「知っているけれど、あれはひどい」「あれはスポーツではない」などの意見が出るでしょう。それは私たちも同じです。結果的に「N大学への批判感情」も声としてあがってくるのも仕方のないことかもしれません。これは世論の大勢を占める意見になっているのだという印象があります。
しかし感情的なことばかりで意見を言っても、一向に物事の本質が見えてこない、前向きにものごとがすすまないという話を二人でしました。
荒木:櫻井さん、それにしても最近のニュースは、どのチャンネルを見てもN大アメリカンフットボールのラフプレーネタばかりですね。スポーツ好きの櫻井さんは、怒りが止まらないのではないですか?
櫻井:勿論、あのタックルはスポーツとしてあり得ない出来事ですね。暴力的でもあり、あってはならないことだと思います。しかし、その後、危険行為をした選手が記者会見で謝罪した映像を見て、彼には今後の長い人生につなげてほしいなぁとも思いました。
荒木:なるほど、そうですね。確かに起こったことはもう取り消せないので、彼自身が将来に生かしていく、彼を支援するという視点は大切ですね。しかし、そういう意味で大学や関係者の対応は最悪でしたね。
櫻井:確かに最悪だと思いました。選手個人がカメラにさらされる中、大きな組織が守ってくれないということには憤りを感じました。と同時に、今回の出来事から、ほかの教育の現場や組織が、もう少し大きな声をあげても良いとも感じました。つまり、N大の問題という枠を超えて、大学機関が今回の出来事を受けて、問題点を明らかにし、将来に向けてそれを提起をしても良いのではないかと思いました。
荒木:なるほど。教育の現場が、子どもを守らず、きちんと物事を筋道立てて説明せず、まるで企業防衛的な発言ばかりを繰り返したことが大きな問題だということですね。問題があると言えば、メディアの取り上げ方もそうだとも思うのですが…
櫻井:起こった出来事の表面ばかりを繰り返して報道されるメディア情報も、私たちのニーズからきていると考えると、結局、私たちの意識も変えなければいけないのかなぁとも感じます。気をつけてメディアと付き合わなければ「考える」という行為を妨害されているような気持ちに、私などはなってしまうのです。
確かに、身近にいろいろな情報が手に入るこの時代は、ある意味風通しが良いという面をもっています。しかし、情報を、右から左に流すのではなく、一度せき止めて、「問題の本質を考えること」や「今後問題をどのように生かすか」といった視点で考えたいという話を二人でしました。そして、いろんな角度で発言できるようになりたいとも話しました。
当事者を意識して社会をみていきたい! 発言していきたい!
先ほどメディアの取り上げ方の問題にふれたとおり、私たちのニーズ、つまり、私たちの興味の方向にメディアは向いています。このことを考えると、例えば原発の問題などが取り上げられなくなってきたことは、メディアだけの問題だけではなく、私たちの興味関心が薄れてしまったことの表れだという話もしました。何かあるとワーッと報道され、人々が口にする単語。「東日本大震災」「福島第一原発」「メルトダウン」「大熊町」「マイクロシーベルト」等、沢山の単語が瞬間的に飛び交いますが、やがて意識の中から消えていきます。忘れるという行為を繰り返していくのが人なのかもしれませんが、それではいけないという反省を二人でしました。
荒木:精神保健の現場で働いている者として、この分野に常に関心を持っていなければいけないことは当たり前なのだけれども、櫻井さんは新聞をよく読んで勉強していますね。見習わなければ。
櫻井:昔からの癖が抜けないという感じがありますが、体調によっては集中力がもたないことがあります。どうしてもネットニュースではなく、新聞ということになりますが、新聞各社によって同じ記事の取り上げ方でも違う意見だったりするのは興味深いです。
荒木:なるほど、東日本大震災直後の原発問題に対する報道姿勢は福島県民の立場に立つと…いうような論調で概ね同じような論説が並んでいましたが、その原発の延長線上にあるエネルギー政策に対する考え方は「危険な原発はいらない」「資源のない日本に(安全な)原発は必要」などと意見が分かれているようです。
櫻井:「当事者(福島県民)の立場に立つと…」という視点は大切だと思うのですが、こういった議論が続く中で、いつの間にか当事者ということがすっかり置き去りにされてしまうことがありますよね。そして「当事者の立場に立つと…」という枕詞は、注意して見聞きしなければいけない言葉で、感情を煽(あお)るような使い方をされるような気がします。
荒木:ありがとうございます。以前の往復書簡の中で、少しそのようなことを私は書きましたね。「私は(精神障がい)当事者ではないが、できる限り当事者に思いを馳せられるようにはなりたい」と。なかなかエラそうなことを書いてしまいましたね。
ところでそうなると、私はいったい何の当事者なのだろうか?と考えました。その当事者の立場できちんと発言・行動できているだろうかと反省しました。
櫻井:私は、今後も精神障がい当事者として発信していくことは勿論ですが、例えば、年老いた父と生活する子という当事者の立場で、高齢者福祉のこと等たくさん語ってもよいのだとも思いました。
この文章を読んでいる皆さんはどのように考えましたか?二人で話をしたのは、病気とか障がいだとかに限らず、私たち誰もがいろんな形でなんだかの当事者として存在しているのではないかということです。そうでなくては社会のあらゆる問題を知る・考える必然性はありませんし、そんな新聞やニュースに触れる必要はありませんよね。
ただし、少しだけ気をつけなければいけないのは、自分がその当事者として立場(主観)で考えているのか、当事者に寄り添いたい(客観)と考えてなのか、きちんと区別することかもしれませんね。境界は難しいのですが。
書簡を通じてコミュニケーションの楽しさを知る
この半年間書簡を通して、二人でいくつかの話題を話してみました。お互いの考えの一致する点・全く異なる点、はたまた感心する点等、いわゆる普段の職場だけの関係では語りつくせなかったことが、書簡というツールを通じて交わせたような気がします。そして、コミュニケーションの楽しさに改めて感じ入ることができました。
じっくりと書き込むという「書簡の醍醐味を味わった」といったところでしょうか。
勿論、代償として自宅で遅くまでパソコンと向き合わなければいけなくなってしまいましたが…
そして、この書簡は、思わぬ形で読者の方々とのコミュニケーションにもつながったような気がします。はじめにも書きましたが、たくさんの方々にお声かけいただき、会話のきっかけにさせていただきました。
本当に感謝したいと思います。
荒木:今回、このような場で、言いたい放題させてもらえてけれど、楽しかったですね。
櫻井:疲れたけれど、心地よい疲れみたいな感じですね。「コミュニケーション」ってこういう感じなのでしょうかね。
荒木:ウーン。確かに、書くことには責任も生れるし、心の開放だけではありませんよね。
櫻井:でも楽しかった。このくらいのやり取り(コミュニケーション)で言いたいことがすべて伝えられるわけでもないですけれども。まぁ、それでも自分たちの意見が率直に言えるようなそんな社会にしたいなぁと思いました。ちょっと大げさかなぁ。
二人:(笑)
2018年5月吉日
多摩棕櫚亭協会 本部にて
荒木浩 と 櫻井博
最後に
読者のみなさんにはお付き合いいただき、重ねてお礼申し上げます。
そして、写真撮影などにお力添えいただいた、アーガイルデザインの宮良さんにも感謝申し上げます。
「またエネルギーがたまったら書簡やってみますか?」
「やらせてもらえますかね?」
「本当は当分そんな気持ちにはならないでしょう?今はね!(大笑)」
(了)
「手紙」を交わすふたり
櫻井 博
1959年生 57歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 当事者スタッフ(ピアスタッフ)
大学卒業後、職を転々としながら、2006年棕櫚亭とであい、当時作業所であった棕櫚亭Ⅰに利用者として通う。
・2013年 精神保健福祉士資格取得
・2013年5月 週3日の非常勤
・2017年9月 常勤(現在、棕櫚亭グループ、なびぃ & ピアス & 本部兼務)
荒木 浩
1969年生 48歳 / 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス 副施設長
福岡県北九州市生れ。大学受験で失敗し、失意のうち上京。新聞奨学生をしながら一浪したが、ろくに勉強もせず、かろうじて大学に入学。3年終了時に大学の掲示板に貼っていた棕櫚亭求人に応募、常勤職員として就職。社会はバブルが弾けとんだ直後であったが、当時の棕櫚亭は利用者による二次面接も行なっていたという程、一面のんきな時代ではあった。
以来棕櫚亭一筋で、精神障害者共同作業所 棕櫚亭Ⅰ・Ⅱ、トゥリニテ、精神障害者通所授産施設(現就労移行支援事業)ピアス、地域活動センターなびぃ、法人本部など勤務地を転々と変わり、現在は生活訓練事業で主に働いている。
・2000年 精神保健福祉士資格取得
もくじ
Photography: ©宮良当明 / Argyle Design Limited