

精神病院からの退院者を一人でも多く迎え、地域で活き活き暮らして欲しいと,棕櫚の樹に囲まれた小さな一軒家を借りて共同作業所を始めたのは1987年(昭和62年)です。精神障害者は根強い偏見にさらされ、病院も閉鎖的で一度入院したらなかなか退院できず、まだ地域にも社会資源が少なかった時代です。“明るく元気に美しく“をモットーに、誰も再発しないよう工夫を重ねながら、ゆったりとした時間の流れる安全な場を作ってきました。10年間に3か所の共同作業所を作った後、元気になってから社会で働きたいというメンバーの切実な思いを受けて、1997年社会福祉法人多摩棕櫚亭協会を設立、通所授産施設ピアスを立ち上げました。ピアスの10年の実践で精神障害者が働けるようになるノウハウが見えてきたため国事業の就業・生活支援センターオープナーを受託し、職場開拓から就職後まで長い支援を続けています。生活相談、家族相談のためには生活支援センターなびぃを設置し、法人全体で精神障害者の生活支援から就労支援までを担ってきました。 この間、国の動向を受けて福祉を取り巻く状況もめまぐるしく変わる中、自分達の理念の明確化、方針の一致が必要になり。1995年、理念プロジェクトを立ち上げ 約1年かけて話し合い、理念を改めて構築しなおしました。
その後2006年自立支援法が成立したため、法人全体で検討、協議を重ねました。雇用促進法の改正をにらみ精神障害者の就労をこの機に加速させたいとの思いから、就労に軸足を置いた事業運営をしようと決定しました。具体的にはピアスと棕櫚亭V(トゥリニテ)は就労移行支援事業所,棕櫚亭Uは閉鎖して就労移行支援事業所の定員を32名にしました。生活支援についてはなびぃが地域活動支援センターT型、棕櫚亭Tが、地域活動支援センターU型として国立市内の方々の相談や通所の場として機能することになりました。2009年全ての施設の事業移行を終了し、サービスの内容が重複しない形で利用する方々のニーズに合った支援をしています。
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